2011-01-16

Les Patineurs / Tales of Beatrix Potter (Royal Ballet)

2011年1月8日(土)19:00
Royal Opera House

去年のちょうど今ごろ、お気に入りのダンサー、スティーブン・マックレー(Steven Mcrae)のブルー・ボーイを観るためにチケットを買ったのに、悪天候のため、故郷のオーストラリアから戻ってこられないとかで代役に。今年こそは、と意気込んでいたら、何とこの直前に怪我をして数舞台を休演。またか…と思ったけれど、ああ、何て良い1年の始まり! 無事、マックレーは出演してくれた。

「Les Patineurs(レ・パティヌール)」と「Tales of Beatrix Potter(ピーターラビットと仲間たち)」のダブル・ビル。まだたった2回目だけど、これが始まるとロンドンにもクリスマスが来たと思える、冬にふんわりと温かい空気を届けてくれる、ちっちゃくて素敵な作品たち。特に少年少女たちがスケートに興じる、それだけを描いたLes Patineursは、おしゃまでチャーミングなスケーターたちを見ていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。

ブラウン・ボーイの中には蔵健太さんと平野亮一さんの姿が。いつもながら蔵さんの伸びやかな動きが目に付く。ブルー・ガールズは高田茜さんとサマンサ・レイン。茜さんのコミカルできびきびした踊りが小気味良い。オネーギンのオリガ役では常に目を見開いた演技が、ちょっと気になったけれど、この役柄と振り付けは彼女に合っていると思う。

そしてマックレー。この作品を実際に観る前から、この役は絶対、彼にぴったりだと分かっていた。一人、得意げに様々な技術を軽々と披露する、ちょっと生意気な男の子。まるで彼のためにつくられた役のようで、実際、水を得た魚のように楽しそうに、やんちゃに踊る。技が決まるたびに、ちょっと首をすくめるようにして笑うのがチャーミング。くるくると回ったり飛んだりしたかと思うと、またすっと裾に消えていく。すぐ後ろの席に座っていた女の子が、 「彼、とってもうまい!」と小さな声で歓声を上げていたのが、かわいらしかった。

ホワイト・カップルは、去年と同じ、サラ・ラム(Sarah Lamb)とルパート・ペネファーザー(Rupert Pennefather)。ラムはこういう典雅な役柄、踊りではまさに本領発揮。そしてぺネファーザー。淡泊な演技をする、本来ならば苦手なタイプのダンサーだけれど、上品でくせがないから、サポートに徹する王子様的な役柄のときには映える。

ダンサーが入れ替わり立ち代わり舞台上を滑っていると、そのうち空から雪が降ってくる。作品の終わりを知らせるこの雪が降り始めると、エンディングはすぐそこ。実はこの日、ジャンプで息を飲む、ということのなかったマックレーの踊りだったけれど、やはりラストが近づくにつれてのってきたのか、キレが増してくる。そしてラスト。舞台に一人、残されたマックレーのフェッテがあまりに速くて、あまりに安定していて、始めは驚き、そのうちに笑ってしまった。観客も大喜び。彼の回転技は、あまりのスピードに、いつも途中から可笑しくなってしまう。昔は一旦幕が下りてカーテンコールになっても回り続けている振り付けだったと聞くけれど、マックレーにこそその振り付けをやってもらいたかった気がする。彼の回転は、本当に夢のようで、一生懸命とか、必死、とかいう言葉とは無縁のところに存在している。こうした重力とか常識といった概念を超越した姿を見ると、誰に向ければいいのか分からない感謝の気持ちと、ほんの少しの嫉妬を感じてしまう。

ポターは68分 という上演時間がちょっと長いかな、とも思うけれど、もこもこの着ぐるみで世界のトップ・バレエ団のダンサーが真剣に踊るという、もうそれだけで脱帽。ただかわいい、というのではなく、ポターが描いたちょっとリアルな動物たちがそのまま舞台に出てくるのも、いかにもイギリスらしい。

一番初めに出てくる、ネズミたちのシーンで、一人、いやに動きが細かくて、ほかのネズミたちから浮き出てくるような存在感を放っていたダンサーがいて、誰かと思ってチェックしたら、リカルド・セルヴェラ(Ricardo Cervera)。顔の表情は全く見えないし、動きも制限されている。でもそれだからこそ、ダンサーの演技力が際立つことがある。個人的に一番好きなキャラクターであるリスのナトキンは、マックレーのナトキンをインターネットで何度も観ていただけに、ほかの誰がやっても物足りなく感じる。ジャンプや回転の美しさ、キレはもちろんのこと、つま先や指先のしなやかさや細かな演技は着ぐるみであっても彼が図抜けて優れていると思う。

最後は、皆で踊って、舞台正面で記念撮影をするかのように集まり、正面を向いて、終わる。絵本から抜け出た動物たちが、やがて本の中へと戻っていくかのように、ピタリと動きが止まる瞬間、夢の世界が終わって、でも幸せな気持ちはそのまま残っているような、余韻のある、とってもチャーミングなエンディングだった。