2013-06-16

「Macbeth(マクベス)」

Trafalgar Studios
2月16日(土) 19:30


シェイクスピアの4作品の舞台設定を現代に置き換えたBBCのミニ・シリーズ「シェイクスピア・リトールド(ShakespeaRe-Told)」(2005年)の「マクベス」で、三ツ星レストランのシェフの座を獲得するため自らの手を汚したスー・シェフ、ジョー・マクベス役を演じた俳優、ジェームズ・マカヴォイ(James McAvoy)が、満を持して舞台に挑戦。スコットランド出身のマカヴォイ、実在の中世スコットランドの王、マクベスの半生を基に描かれたこの物語の主人公を演じるとあって気合は十分。かなりウェイトを増やしたとみえ、ゴツイ体躯に髭面で舞台を縦横無尽に駆け巡り、こてこてのスコットランド訛りを駆使しまくる、非常にパワフルで若々しいマクベスだった。

この「マクベス」、とにかく全体を通して薄暗くて薄汚い(これは別に悪い意味で言っているわけではない)。舞台は近未来のスコットランド。舞台を客席が前後に挟む形になっていて、特に舞台と同じ高さに設定された後方前列の客席は、通路を斧を持った俳優たちが駆け抜けるわ、目と鼻の先で俳優たちが血しぶきをあげてるわで、「鑑賞」というより「(無理やり)参加」という感覚だったのではないだろうか(ちなみに後方最前列の女性は、いかにも上質な服を着ていたのに血糊がついてしまい、休憩中、劇場側にクレームを出していた)。薄暗い地下室のような空間に、小汚い衣装を着た荒くれ者たち。3人の魔女たちはガス・マスクを装着している。途中、血しぶきは舞うし、マクベスはトイレで吐いたり蛍光色の液体をがぶ飲みしては吐き出すしで、ここまで見苦しくしなくても…と思わず目をそむけてしまいたくなるほど。権謀術数がはびこる中世スコットランドにおける下克上の様子を描いた戯曲だから、この「暗く、汚い」も原作に忠実にした結果、と言えるかもしれないが、それでもここまで押し通すのは勇気がいったのではないだろうか。

15歳のときに初めて「マクベス」を鑑賞、「いつか自分自身もやりたい」と思ってきたというだけあって、マカヴォイは実に生き生きと演じている。通常、ベテラン俳優が演じることが多いこのマクベスの役に33歳という若さで挑戦することを逆手に取ったような、フィジカル面で「これでもか」と押しまくるような演出も多く、後半、マクベスが魔女たちに予言を求めるシーンでは、ポリタンクに入った蛍光色の液体を飲むことによって何者かに憑依され、自分自身の口から数々の予言が語られるのだが、見るからに不味そうな液体をがばがば飲んでは吐き出し、絞り出すようにがなり立てているのを見て、「これは毎日やったら体がもたないのでは…」と余計な心配をしてしまうほどの鬼気迫る演技だった(ちなみに回を重ねるにつれ声がかれてきたという指摘があったが、さもありなんである)。一方、メンタル面でも心が千々に乱れるマクベスの心情を良く捉えていて、特にマクダフの妻と子供を殺害するシーンでは、妻役のアリソン・マッケンジー(Allison McKenzie)の熱演もあり、ダンカン王を殺害したことを悔やみ、怯えていたマクベスが、迷いなく自らの手を汚して2人の息の根を止めたことで、一線を越えてしまった人間の凄みを感じさせた。なお、マクダフの妻を殺害する際には、これでもかとばかりに観客の目前で首を締め上げて絶命させたのに対し、息子の方は去り際に棚(?)に隠れているのに気づき、そっと近づいて棚の扉越しに刺し殺す、という対照的な演出になっていて、ともに陰惨ながらもその静と動のコントラストが効いていた。

個人的に少々残念だったのは、マクベス夫人役クレア・フォイ(Claire Foy)。マクベスが彼女のお腹に手をやって、自分たちの子供をかつて失ったことを示唆するシーンなどではいたわり合う仲睦まじい夫婦ぶりが好印象だったが、子供のいない劣等感や夫を殺人に駆り立てる野心、夫に対する愛情、そして次第に表面化する罪の意識など、様々な感情を内包する女性としては少し線が細く、深みに欠けるように思えた。ただ、この作品ではマカヴォイ演じるマクベスが舞台をぐいぐい引っ張っていて、特に後半は夫人が振り回されている感すらあったので、マクベスに強い存在感を与えるために、あえて夫人には豪胆さや強さを持たせない演出だったのかもしれない。

若さや情熱を全面に押し出した今回のマカヴォイ・マクベス。33歳という今でなければできないマクベス像を確立していたと思うけれど、「押し」が強すぎて、少し「引いた」部分もあれば、と感じなくもなかった。年を重ね、経験を重ねてもう一度この役を演じることがあれば、今度は全く違うマクベスを見せてほしいなと思う。