2013-06-18

「Merrily We Roll Along (メリリー・ウィ・ロール・アロング)」

Menier Chocolate Factory
2月23日(土) 20:00


コメディー作品で個人的に苦手なのは、笑わせよう、という作り手の意思が見え見えなもの。「面白いでしょ」と押し付けられるほどに、すっと気持ちが冷めていく。演じている側はすごく必死で真面目なのに、観る側に笑いとともにときに温かみを、ときに痛みをもたらす、そんなコメディーが好きだ。「Merrily We Roll Along(メリリー・ウィ・ロール・アロング)」はコメディーではないけれど、主人公の3人が大ゲンカを繰り広げ、罵詈雑言を浴びせ合うときよりも、希望を胸に夢を語り、肩を並べて歌っているときの方が切なく、心にトゲが刺さる。わざとらしさを感じさせず、怒りの中に悲痛な心の内の叫びを、からりとした明るさの中に悲哀を内包させる良質なミュージカルだった。

現在はウェスト・エンドのHarold Pinter Theatreにトランスファーしている本作を、2月23日、元々の劇場、Menier Chocolate Factoryで観る。本作は、1934年にストレート・プレイとして上演された同名作品を基に、ジョージ・ファース脚本、スティーブン・ソンドハイム作曲・作詞でミュージカル化したもの。初演は1981年(ブロードウェイ)。ロンドンではこれまで何度か上演されているが、今回は1992年には同作に出演していたミュージカル界の大御所、マリア・フリードマン(Maria Friedman)が初めて演出を手掛けたことでも注目を集めた。演出的に奇抜な点はなく、シンプルな装置で丁寧に脚本をなぞっていく印象。とにかく3人の主人公たちが歌唱力と演技力でぐいぐい舞台を引っ張っていく。

物語は非常にシンプル。著名なソングライターで映画プロデューサーのフランクリン(フランク)・シェパードと劇評家のメアリー・フリン、作詞家のチャーリー・クリンガス、この3人の別離から出会い(この順番がポイント)までを描いていく。いわゆる時間軸をさかのぼっていく構成で、そのアイデア自体は真新しいものではないけれど、役者の力量によって、3人が若くなればなるほど、友情が深まっていけば深まっていくほど(過去に向かって深まる、というのもおかしな言い方だが)、観客はそれ以前に見せつけられた、その先に待ち受ける別れを否が応にも思い起こすこととなる。

典型的な2枚目業界人フランクをこってり濃厚に演じたのはマーク・アンバース(Mark Umbers)。メアリーを演じたジェンナ・ラッセル(Jenna Russell)は、画家スーラの半生を綴った「Sunday in the Park with George(日曜日にジョージと公園で)」でオリヴィエ賞を獲得した実力派。個人的には時折デフォルメされた演技が気になることがあるが、歌唱力は安定していて、ソンドハイムの難曲でも安心して聴いていられる。気弱なダメダメぶりが外見からにじみ出ているチャーリー役のダミアン・ハンブリー(Damien Humbley)は、テレビのスタジオでフランクに対する感情を爆発させるシーンで、突如ぷつんと我慢の限度を超えてしまった逆上ぶりが秀逸だった(ちなみに渋めのアーティスト写真と舞台上での姿はまるで別人だ)。

フランクの妻ベスが夫との別れの際に悲痛な声で歌う歌が、ときをさかのぼって結婚式で幸せいっぱいに歌われるまさにその曲だったり、アル中でフランクに悪態をついてばかりいるメアリーが実は密かにフランクに思いを寄せていることが明らかになったり。人生において「あのときこうしていれば」という「たら、れば」はつきものだけれど、そうした人生の岐路をこの作品は残酷なまでに見せつける。最後のシーンは1957年、ニューヨークにあるアパートの屋上。3人が空を駆ける人類初の人工衛星スプートニクを見つめながら「何だって可能なんだ」と歌うシーンは瑞々しく夢に溢れていて、その分、時の流れの残酷さと喪失感を痛いほどに感じた。